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第3回土偶遠足レポート@茨城県上高津貝塚

2015年12月1日 書いた人:ヤケマチ
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どぐぽた企画『お菓子考古学者ヤミラさんと行く! 第三回土偶遠足in上高津貝塚』の報告です。

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去る11/23勤労感謝の日。昔でいえば新嘗祭、米づくりにゆかりの深いこの日。どぐぽた編集部は『第三回土偶遠足』を敢行しました。稲作ぜんぜん関係ない。むしろ真逆の縄文イベントですみません。

【どぐぽた企画 土偶遠足回顧】

第1回『1116個の土偶を見に行こう in 山梨県釈迦堂博物館』 2014.11.22

      一般参加者0名。  

結局おれヤケマチと編集長チポロのおっさんふたり旅。ほうとう自棄食いして帰りました。

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第2回 『名古屋で縄文を感じようin名古屋市博物館』 2015.1.17

      一般参加者1名。  

「土偶女子」ライターの誉田亜紀子さん、考古学者 藤森英二さんにも参加していただき、第一回よりはちょびっとにぎやかな感じになりました。

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そして2015年11月23日、

★第3回『お菓子考古学者ヤミラさんと行く!土偶遠足 in上高津貝塚』

注目の一般応募者数は(ドラムロール)。

      一般参加者2名。    

0名→1名→2名。

聴こえる。聴こえるよチポロさん。縄文ブームの足音が。

今回埼玉県から参加していただいたMさん親子はおふたりとも縄文文化がほんとうにお好きらしく、北海道礼文島をはじめ全国の遺跡をまわられている強者です。特に息子さんのほうは小学生の時からキャリア20年の縄文マニアだとか。

やっぱいるんですよ縄文ファン。

ぜんぜん孤独じゃないっすよ縄文ファン。

とういうわけで『お菓子考古学者ヤミラさんと行く! 第3回土偶遠足in上高津貝塚』。

今回はヤミラ、どぐぽた編集長チポロ、おれヤケマチとMさん親子に加え、かの『博物月報』主宰の盛田さん、かのデイリーポータルZ記者 伊藤さんにも参加していただきました。総勢7名。

 あ、もう1名。最近ほぼ忘れられてた、どぐぽた公式キャラクタ―「どぐりん」。

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どぐりんめっちゃ久々の登場やんけ。

土浦のマスコットキャラ「つちまるくん」と。

午後1時すぎ、JR土浦駅にて。博物月報 盛田さん、小林チポロwithどぐりん。後ろのオブジェはなんじゃこりゃ。

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ほんとは今回の土偶遠足、午前の霞ヶ浦貝塚ツアーから始まっていたんですが、もろもろありまして午前の部はヤミラのひとり参加となりました。

面目ありません。

どぐぽた編集部募集条件。1.早起きできること。

午前の部のもようはヤミラのTogetterまとめ「貝塚充-霞ヶ浦周辺の貝塚めぐりの記録」をご覧ください。

上高津貝塚資料館なう。

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上高津貝塚資料館学芸員、亀井さんの案内でいよいよ午後の部の始まりです。

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茨城県土浦市上高津貝塚は霞ヶ浦の湖岸からやや離れた標高20mほどの台地の上にあって、元祖縄文オタク(?)、明治時代の小説家江見水蔭(えみ すいいん)の発掘以来、古くから知られた東関東有数の巨大縄文貝塚です。

上高津貝塚の盛期は縄文時代後期中葉から晩期前葉の数百年間。「縄文後期中葉」とか「晩期前葉」とか専門用語だとわかりづらいけど、土偶でいうとだいたい山形土偶の時代からミミズク土偶の時代までだそうです。

 縄文後期中葉

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山形土偶(上高津貝塚出土)。縄文後期中葉。

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山形土偶(上高津貝塚にほど近い小松貝塚出土)。縄文後期中葉。

縄文晩期前葉

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ミミズク土偶(上高津貝塚にほど近い神立平遺跡出土)。晩期前葉。

なるほどなるほど。

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上高津貝塚の貝層展示コーナー。幾重にも重なった層位からは出土する土器の顔つきもそれぞれ違っていて、何世代にも渡ってこの土地が利用されてきたことがわかります。一層一層が上高津の台地で生きて、いろいろあって、死んでった縄文人たちの記録すね。

酸性土壌の日本では動物性有機物はすぐに溶けてなくなってしまうのがふつうなんですが、縄文貝塚は、蓄積された貝のカルシウムで土壌がアルカリ化して人や動物の骨が残りやすく、縄文タイムカプセルと呼ばれています。

このへんテストで出ます。

上高津貝塚も典型的な貝塚遺跡として多くの動物の骨が残っていて、上高津縄文人たちの生業や食生活がだいぶわかってきている。

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貝のうちわけはヤマトシジミが多く、この縄文ムラが汽水域に面していたことがわかる。シジミっつっても今のシジミよりめっちゃでかくて旨そう。

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動物だとやっぱりシカ、イノシシ。あとほかの遺跡にくらべると、やや鳥類を好んで食べてたかも、だそうです。つか写真左のイノシシの牙がくそかっちょええんだけど。すげえ欲しいんだけど。

数千年前の縄文人のくらしなんて、わかんないものはわかんないですよ。でも微妙にわかりそうな素材のそろってるのが上高津貝塚のおもしろさで、遺物に刺激されて質問攻めする参加者と、身振り手振りで答えてくださった亀井さん(ほんとにすみません)。

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亀井さんにお訊きしました。上高津貝塚いちばんのすげえところはなんですか?

亀井さん曰く、

 

 

塩。

 
 

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 日本人が塩の味を知ったのはいつか。最新の研究成果によると製塩活動の初めは縄文時代後期までさかのぼることがわかってきているそうです。岩塩のない日本列島で縄文人たちは、製塩土器と呼ばれる独特の薄い土器で海水を煮て塩をつくったと考えられています。

霞ヶ浦周辺は日本列島で最も早く塩づくりが始まった地域のひとつで、初期製塩に関わる遺跡が密集しています。とくに上高津貝塚はやや内陸部に位置する遺跡ながら大量の製塩土器や塩づくりに利用したと思われる遺構が見つかっていて、ナゾ多き日本最古期の製塩の鍵が残る超一級の縄文遺跡だということです。

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製塩土器はただひたすら薄いだけ。ほとんどは焼けただれた破片でしか見つからない。なんとか完全な形がわかる製塩土器が、しかも複数出土したという点だけでも、上高津貝塚はものすごい遺跡らしい。

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亀井さん「おそらく一度塩を煮詰めたらそれ一回で使い切りだったと思います。塩づくりには大量の土器を要したので、とにかくあらゆるムダを切り捨てて手早くたくさんつくることに特化した。そんな土器だったんでしょうね」

ムダな装飾にやたらこだわってたイメージの強い縄文土器文化からすると鬼っ子のような存在だけど、これも縄文の美かもしれない。

ちなみに直近の研究では霞ヶ浦縄文人の実際の製塩手法がだいぶ明らかになっていて、常陸国風土記などに記述のある「藻塩焼」との関係があらためて注目されているそうです。このへんに嵌まってしまうとオモシロすぎてちょっとヤバいです。

あ、さて。

どぐぽた遠足一行は続いて特別展『上高津貝塚のころ〜縄文後晩期 円熟の技と美』と、上高津貝塚資料館収蔵庫を案内していただきました。今回は残念ながら大人の事情でいずれも写真をお見せすることはできません。

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ただ特別展『上高津貝塚のころ〜縄文後晩期 円熟の技と美』。東関東縄文後晩期文化の見どころを、よくぞここまで集めたかというくらい凝縮されていて必見。驚愕の漆製品とか見られます。土偶ファンの人的にも、なかなかふだん見る機会のない有名な福田貝塚、椎塚貝塚の山形土偶を生で見る大チャンス。山形土偶ファン歓喜。図録もめちゃ充実。12/6まです。みなさんぜひ!

第3回土偶遠足。最後に収蔵庫から特別に、ふだん見ることのできない土偶と土製品を見せていただきました。どぐりんもコーフン。

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特別にめっちゃおさわりさせていただきました。

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縄文おさわりバー開店。

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土製品ですげえのがあった。神立平遺跡おそるべし。

つうことで、第3回土偶遠足、終了です。

お世話いただいた上高津貝塚資料館 亀井さん、一木さん、ほんとうにありがとうございました。

どぐぽた企画土偶遠足、来年も地味に続けていきたいと思ってます。

ふだん見ることのできない秘蔵の遺物見学にもなるたけ挑戦して、多くの皆さんと共有していきたいです。

来年もどぐぽた土偶遠足、ぜひよろしくお願いします。

エピローグ

今回の土偶遠足は『博物月報』主宰の盛田さん、デイリーポータルZ記者 伊藤さんに参加していただきました。

んで、帰路。伊藤さんの案内で土浦の裏町散歩など。

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駅前のホルモン焼屋さんで、盛田さんと伊藤さんのおもしろすぎる話を肴に、土浦の夜がふけていきました。

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以上、どぐぽた編集部ヤケマチでした。